トップページの写真の履歴とコメント(2006年9月)



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  • タイトル:宮城県塩竈市の鹽竈神社
  • 撮影日:2006年3月4日
  • 掲載期間:2006年9月30日〜2006年10月12日
  • コメント:鹽竈神社東北鎮護・陸奥国一之宮であり、志波彦神社の御朱印と併せてこのような御朱印をいただくことができる。境内にある鹽竈桜は雌蘂が変化して2枚ないし3枚の青い葉となり、花軸が短く、花弁は35〜50枚位で縦皺があり、先端が2乃至5の微凹の鋸歯状になっている珍しいものであり、堀河上皇の御製「あけくれにさぞな愛で見む鹽竈の桜の本に海人のかくれや」にその名が見えることから平安時代にすでにあったと考えられ、国の天然記念物に指定されている。また、「うまくいく御守」という馬蹄を9つあしらったこの神社オリジナルの御守がある。なお、鹽竈神社の「竈」はこの字ではなく、この字が正しい。
  • タイトル:宮崎県えびの市のJR肥薩線真幸駅
  • 撮影日:2003年7月13日
  • 掲載期間:2006年9月12日〜2006年9月30日
  • コメント:八代より海岸線を回る鹿児島本線(現在一部は肥薩おれんじ鉄道)が開通したのは1927(昭和2)年であり、それまでは八代−鹿児島間は現在の肥薩線が鹿児島本線として利用されていた。肥薩線で唯一宮崎県にある真幸駅は1911(明治44)年5月11日にそういう経緯で宮崎県で最初に出来た駅であり、急斜面ゆえスイッチバック式の駅であるが、通過不可能な逆Z字型であるため、通過する列車も必ず停車しなければならない構造になっている。駅の近くには、1945(昭和20)年8月22日に吉松駅との間にある第二山の神トンネル内で立ち往生してしまった列車から乗客がトンネル内を歩いて脱出するところに機関士が列車を後退させてしまい、53名が轢死した事故の殉難碑が建っている。また、プラットホームにある重さ約8トンの巨石は、1972(昭和47)年7月6日に大雨による土石流が真幸駅構内と周囲の集落に流れ込んだ時のものであり、この土石流により真幸駅周辺は無人地帯となってしまった。