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仕事柄不思議なことに遭遇するものである。人間にとって役に立つ薬を開発する都合上、動物を使った検証は不可避なものであり、それゆえに様々な動物でいろいろなことを評価する必要が出てくる。このたびミニブタを用いて実験をすることとなり、本日その作戦会議を開くこととした。ミニブタにも様々な種があり、今回実験で用いる種はYucatan種である。普段から脳みそが沸いていることと土日の疲れも相俟ってか、仕事中でも馬鹿な発現や妄想はとどまることを知らず、「ゆかタンって萌えているような発言をするくせにメスブタって呼ぶのは不思議だな」などということばかり考えていたりする。多分疲れているんだろうなと思いつつ、最近部署が変わってから必要以上にリラックスしてるのではないかと考えたりする。戻る↑
共同浴場のコンプリートをライフワークとしているため、本日も共同浴場めぐりに精を出すが、まずは大滝乃湯に出向き、なかなかに一般人的なレジャーを楽しむ。合わせ湯という熱い温泉とぬるい温泉を交互に入っていくという不思議な風習のある温泉があり、壁に書かれていた手順に従い順番に入っていく。熱い湯に入るとその凄まじさに悶絶するが、しばらくすると慣れてきたのか程よくなる。しかしながら物には限度があり、1分で出なさいという入浴マナーは極めて遵守するべき事項であった。ちなみに合わせ湯は混浴であり、軍艦巻をしていないおねえちゃんも入っていたのでまことに結構と言う他無いものであった。そんな草津を満喫して昼飯を食べたり土産物屋をぶらついたりして湯冷ましをし、2つばかり共同浴場を利用して帰宅の途につく。草津温泉まで日帰りというのは一般的に考えると厳しいものがあるようだが、これぐらいはごく普通かなと思ってしまったところに何か間違いを感じるものであった。戻る↑
しかしながら東京の向こうにある三浦半島には目映いばかりに光り輝く「まぐろ」があり、その誘惑をさえぎるには限界がある。そこで様々な趣向を凝らし、どうにかして東京を回避して三浦半島に行くというプランを練ってみた。
結論として導かれたのはアクアラインか浜金谷久里浜フェリーを使うというものであり、フェリーを利用することとした。車である以上、そしてうまいものを食べに行く以上、一人で行くのは得策ではないというものである。ということで友人を誘っていざ出向くこととした。成田までまったりと走り、成田から高速を利用して君津へと向かう。そこからはした道をひた走り、フェリーの時間を計算して最後に高速を利用してばっちりのタイミングでフェリーに乗り込む。
久里浜に着けば目的地三崎は目と鼻の先であり、三崎でうまいまぐろを堪能することとなる。赤身中トロがこれでもかとばかりにふんだんにのっけられたまぐろ丼や、珍味であるまぐろの内臓や卵などを食し、三浦半島で至極な幸せに耽る。心安らかとなれば次は観光であり、海南神社などという味わい深い神社で「これからも1日5食食べられますように」などという不思議な絵馬や理解不能な味わい深い絵画が展示されているのを見つけてはしゃいだり、城ヶ島に出向いて味わい深い景色や灯台の袂にある謎めいたモニュメントなどを見学し、荒波によって削られた地層を眺めたりしてゆったりと過ごす。そののち帰宅の途につき、酒々井PAで成田空港の発着状況を確認したり、成田の「大和の湯」で関東平野ならではの黒い温泉を堪能して帰宅。日帰りなのに必要以上に充実していた一日であった。戻る↑
朝起きてそのあまり霊験あらたかでない温泉に入り朝飯を食って本日も大会は始まる。昼過ぎにすべての案件を終えて会議は終了し帰宅の途につく。石切神社の門前にある日本で3番目にでかいという不思議に中途半端な大仏を見たりして時間を過ごし、近鉄で京都へと向かう。京都では久しぶりに京都らしいものをということで、村上重の漬物や仙太郎の最中なんかを購入し、イノダコーヒでボルセナとコーヒを頼んで久しぶりの味覚を満喫する。京都土産をたっぷりと買い込みあとは新幹線で東京へ。東京からどう帰ったものかと考えたのであるが、乗り換えるのがいい加減だるいので時間がかかってもいいかと初めて東京駅からバスでつくばへと戻る。しかしながら日ごろの行いがいいのであろうか、全く渋滞に遭遇することなく定刻につくばに到着に到着する。ちなみにバスは1階席2つを一人で占拠することがデフォルトというほどの閑散ぶりであった。ダイヤを間引くなどの策を講じぬ限りジリ貧であろうとは思うのだが、利用者にとっては有難い限りなので特に文句は無い。戻る↑
本日は大阪に出向くこととなった。会社の業務ではないが会社の面々と会い、強制を伴うものではないが出張であり、報告書を書かなくても日当がもらえるという不思議な出張である。なにやら怪しげな出張と思われそうであるが、要するに労働組合の年会に出席するのである。いつものごとくつくばエクスプレスで北千住に向かい常磐線に乗り換える。日暮里で京浜東北線に乗り換えいざ浜松町を目指す。鶯谷の前で急に速度を落とし車内放送で「人身事故が山手駅で発生したので安全確認しながら進みます」といわれたので、鶯谷で並走していた山手線に乗り換えて更に進む。浜松町でさて次はモノレールで飛行機で、、と思ったときにANAの株主優待券を忘れたことに気がつき、致し方なく東京に引き返して最も早く着くのぞみを手配して久しぶりに新幹線を利用することとなった。折りしも修学旅行の季節であるため、もともと開放されている席数が少なく、席の確保には難儀を極めたが何とか確保して京都へ。京都から久しぶりに近鉄を使い、西大寺で乗り換えて本日の目的地である石切に到着。ぜんっく各支部から来た代議員にまじって僕のようなオブザーバが数名おり、会議を傍観しつつ質問をすることができるというものであった。会議は例年通り盛り上がりを見せ、晩飯は会食となりそのあとは部屋になだれ込んで酒盛りが始まる予定であった。しかしながら本日より阪神とロッテの日本シリーズが始まったということで、会食もそこそこに部屋に戻って観戦を始める。濃霧でコールドゲームという前代未聞の試合を鑑賞して天然温泉と銘打っている大浴場へと向かう。大浴場は同じ宿に泊っている修学旅行生貸しきり時間帯が設定されており、それが終わった時間帯を見計らってまったりと入浴。ラジウム泉であるため、確かに温泉であると銘打つことができるのだが、湯は循環であり、ほかの泉質ならばいざ知らず、ラジウム泉はラジウムが崩壊すればそれでおしまいなので循環してみたところでただの水なのであり、かなりパチもん臭いけどでかい浴槽なのでまあええかという気がした次第。そのあといつ終わるとも知れない酒盛りに参加し、いい加減眠くなって本日は終了。どうも大会というのはこういうノリらしい。戻る↑
映画というものは監督や主演者がいかにファンタジスタであるかが重要であり、ありえないシチュエーションであってもつっこみを入れさせないままにぐいぐいと引っ張っていくところが重要であると個人的には思っている。本日見た「チャーリーとチョコレート工場」はつっこみとして「そんな工場あるかい!」「一組づつ消えているというのになぜ先に進むねん!」というところにあり、それ以外は5枚目の金のチケットを入手するのがわかっているのにそれまでにわくわくする道のりがあり、しかも残り4名の紹介までが見事になされているところや、子供を連れ歩く故に妙にマイケルジャクソンを意識しているようなメイクや、荒井注とせんだみつおを足して2で割ったような濃い顔の小人など笑いの要素がふんだんにあり、大いに笑えるものであった。お台場というのは、見事なまでに休日を過ごすために必要なコンテンツが充実しているのだということがわかった一日であった。このエリアだけは東京都区内でありながら鉄道よりも車のほうが支配的なエリアであり、それゆえオーバーナイトで映画をやったりするのであろうかと思ったものであった。日の出埠頭からの船で行ってみたかったのだが、時間の折り合いがつかなかったのでゆりかもめを利用してみたが、これが5年ぶりの利用ではなかったかと思い出したりするのはなんともはや。時間が経つのは早いものだ。戻る↑
今朝も体調は以前回復せぬままであり、本日も会社を休むこととした。本日も眠りこけ、夕刻になってようやく目が覚める。本日もテレビの話題は阪神であり、ここまで連日宣伝したのであれば、阪神タイガースよりも遥かにでかい広告塔として村上ファンドは活躍しているのではなかろうかと思えるほどである。さて、件の村上氏であるが、ファンを大事にするだの、自分は阪神タイガースのファンであるだの、関西人で灘高校まで毎日阪神電車で通っていただのとやたらと接点を持っていることを主張している。しかしながら、彼は自分が能力が高いため、皆様のお考えは理解しているんですよという雰囲気でものを語っており、それが人を見下すような発言になっていることに気がついていないようである。掻い摘んで話をすれば、彼がエエシのボンボンであり、論理的思考が発現する時期が人よりわずかに早かったということが幸いして難関私立学校に通うこととなったのである。そのあと学校では周りのポテンシャルの高さに救われて、成績が中くらいでありながら東京大学に合格し、そして官僚となったのである。関西人でこのような環境で過ごすと、学生時代はかならず自分の名前を音読みで呼ぶという不思議な風習があり、多聞に漏れず彼も「せしょう」と呼ばれていたのであろう。今回の騒動で彼がしでかした致命的なミスは、自分が関西人であり、関西では受け入れてくれると思い込んでいたことである。彼はほぼ完璧にうまく立ち回りをしたのであるが、自分が金の臭いをぷんぷんさせていることと、自分が中央官僚であったことを見事なまでに忘れていたのである。ホリエモンや三木谷氏と自分は違うという困った思い込みが彼にあったということか。戻る↑
本日も祖母宅の掃除に精を出す。昨日征服した部屋をきれいにして、いよいよ最後の部屋に挑むこととした。この部屋は母が嫁に来たときの嫁入り道具が大量に保管されており、置かれている品に思いを馳せる担当者が本日ばかりは父親から母親にチェンジしたことになる。掃除を続けていくと実はそんなところに窓があったのかという新たな発見や、大正時代からつい10年前まで使っていた扇風機などが出てきており味わい深いものである。昼過ぎにはようやく捨てるべきものが終了し、掃除機をかければ本日は終了だなと思ったのがそれは甘かったようで、壁の中から姿を現した木の引き戸を引くと、そこには隠された部屋があり、30年間誰も立ち入っていないため凄まじいまでの埃がそこには立ち込めていた。本日は果敢にもその部屋の掃除にも挑み、通常生活30年分の埃を曝露して本日は終了。埃の吸いすぎはあなたの健康を害する恐れがありますとでも言いたげな状況である。戻る↑
一夜明けて、本日はヒガンバナを鑑賞するべく日本一のヒガンバナ畑である巾着田に向かう。会場の近所では凄まじいまでの渋滞が引き起こされているのであったが、そんなことは一向に気にすることなく待ち構えているであろうヒガンバナに心は躍ろうものである。花が咲く期間が短いヒガンバナゆえに本日を逃せば来年までお預けということもあってか、その毒々しいまでの朱い花を満開とさせていた。いい物を見せてもらったものだと甚く感動し、そのあと鷲宮にある百観音温泉でガツンと来る温泉を堪能して帰宅。帰りに下妻にあるタイラーメン屋で、やる気が無いながらもなかなかにうまいタイ料理を満喫し、日帰りにして十分濃い内容の休みを過ごしたのであった。戻る↑

花火を見ることが夏の風物詩であると思う様になったのは実はつい最近のことである。この花火競技会は夏の終わりを告げ、秋の気配がこれから漂い始める時期に行われる。夏の最期に行われるこの花火競技会は、日本中の花火職人がこの1年の集大成として己の技量を余すとこ無く披露する場であり、この花火競技会を最後に職人さんは南半球へと出稼ぎに出かけるのである。そんな日本一、引いては世界一の花火競技大会であるがゆえに、この花火大会は劇的な混雑が見込まれる。それゆえ、花火が打ちあがる6時間前から会場に到着して昼飯を食べ、ビールを飲んで一寝入りを決め込む。まったりと時間を過ごし、ようやく飽きてきた頃に友人が徐々に到着する。日が傾き始めた頃にカメラのセッティングを行い、いざ本番に備える。間近で見ているためにカメラのファインダーからはみ出るほどの素晴らしい大輪の花が夜空を彩り、また来年もここで花火を見たいものだと思うのであった。戻る↑