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本日は部署の会議でプレゼンをせねばならず、朝から気が重い。発表は無事済んだがなかなか先は長い。夕方パソコンに接続して二地点でテレビ会議ができるという不思議なツールを遥か東方の部署と接続し、IT技術の推移を結集したしょぼい画面のテレビ電話の接続を行う。設定がうまくいったようであるが、夕方すぎの回線が比較的余裕のある時間帯で何とか実用に耐えうる代物であったため、トラフィックの多い昼までは実用に耐えられるかについて一抹の不安が残る。よくよく考えるとこのテレビ電話のシステムは会社の会議室に鳴り物入りで設えられたテレビ会議システムを納入した業者が提供しているため、まあそんなもんだろうというぐらいの出来映えであるのが何ともはや。相手の顔が見れるのは楽しいが、なんか顔が写らない普通の電話でも事足りる気がしてきたのはなんでだろう?まあ、このシステムがなければ「それで事足りる」ということすら判らなかったのであろう。帰宅したら「日本の名湯」を定期購読したということでおまけについている手ぬぐいが届いていた。この手ぬぐいを引っかけて温泉に行くのは少しばかり恥ずかしいものがあるが、多分行くんだろうなあ。戻る↑

なんか休んだという気が起こらないまま会社に出向き今週がはじまる。仕事から帰るとどうやら納車日が決まったようで、10月30日以降であればいつでも良いとのことである。平日は基本的に仕事だし、休日は基本的に出かけているので家にいる日の予定が立たないため結局納車の立ち会いは親に任せることとした。しかしながら納車日は大安がよろしいという不思議な因縁のもとで来月1日という事になりそうな勢いである。夜、第七戦までもつれていた日本シリーズは終焉を迎え、阪神ファンにとっての18年ぶりの祭りは終わりを告げたのである。最後の最後に出た広沢の打ち上げ花火はこれから続くであろう祭りの後の苦悩を暗示しているのであろう。そしてまた20年後、コンドラチェフとまでは行かないがクズネッツ並みの時代の波に乗せられてある野球指導者が阪神に降り立ち、この世の春が秋まで続くという祭りを企画してくれるのであろう。何はともあれ、星野監督の今後に乾杯。戻る↑
本日は出張ということで、荒川沿いにある同業種の研究所に出向き、そこで勉強会というか会合というか要するになんだか判らないけどえらい人が一杯くる会合に部署の代表として出向く。出向いたところで何か気の利いたことができるわけでもなく、有難いお話を承りながら船を漕ぐのには余念がない。夕方解放された後に汐留なんかに出向いてみる。カレットの中にある焼酎オーソリティーには日本各地の焼酎がこれでもかと並べられているのであるが、焼酎の旨さを思い知らされた下甑島の芋焼酎「五郎」はなく、泡盛も大量に品揃えがなされているというのに波照間酒造の「泡波」が無かったりするとこらへんを見るにつけ、要するにマニアなものばかりを追い求めていたのであるという自分のこれまでの行状を思い知らされる。その後なぜか東銀座にある「一風堂」で白丸を食べて兄の家へ。東京は東京オリジナルのうまいものがなくなりつつあり、そのかわりに日本全国のうまいもの屋が軒を連ねているという不思議な街である。日本中を旅行している人間としては、東京でいろんなものが食べられることに何らメリットを感じないだけでなく、東京オリジナルを味わうことができないというデメリットまで感じてしまい、アドバンテージが随分と低いのである。世界中のうまい料理が楽しめるけれどその土地オリジナルなものがどこにも無いというニューヨークのごとく殺伐とした街であることを思い知らされる。汐留にある国鉄0哩の碑であるが、線路の幅が新幹線並みに広いというツッコミはしないで良いのだろうかとひとしきり悩む。戻る↑
週末の喧噪をよそに今週もはじまる。海の向こうではたかだか一国の中の野球大会のくせに「ワールドシリーズ」と銘打つ野球の試合が執り行われているらしい。たしかに野球発祥の地であり、レベルも高く、全世界から選手を集めているので世界レベルの大会であろう事は認めるが、競技は違えどそれと同じ事をやっている相撲協会が「日本相撲協会」と控えめに表示しているのとは対極である。基本的に彼の国は「グローバルスタンダード」という名前で自分たちの流儀を押しつけるのだから、冠に「世界」をつけることに何ら躊躇いがあるようには思えないのは当然である。きっと彼の国もこんなえらそうな態度をとり続けることに一抹の不安を感じており、もう少し大人しくしようかなと心の底では思ってはいるが、今態度を変えると「弱腰」と言われるのが恐いので自分が統治している間はこれまで通りえらそうにしようと思っているのかも知れない。帰宅してプロジェクトXを見る。貧乏楽団の草の根活動が奏功し、ついには第9を演奏できるまでになったという立身出世の物語である。血を吐くときは必ず白いハンカチにというお約束の映像などもちりばめた必要以上にドラマ性の高い作品に仕上げられており、最近作り方が手慣れてきたなあと思う。NHKの作品は木訥としている方が良いように思うのであるが。戻る↑

本日は沖縄本島の那覇より南側を進む。といっても同行している友人が村役場の撮影に精を出しているためであるが。しかしながら沖縄の海はやはり美しく、走りながらも素晴らしい景色を堪能する。普通の観光客であれば必ず立ち寄るであろうひめゆりの塔だとか平和祈念公園には見向きもしないところが何ともはやである。昼前にレンタカー会社に車を返し、奥武山公園の近くにある沖縄そばの店でオリオンの生を飲みながらソーキそばを堪能する。そのあとゆいレールに乗って首里まで向かい、モノレールの車窓に広がる首里城を眺めて那覇空港に戻る。那覇空港のゆいレールの駅には「万国津梁の民」と題するステンドグラスが掲げられているが、その片隅で当初は作ることを想定していなかった急拵えの売店が営業をしていた。あとになって知ることであるが、那覇祭りの影響で僕がゆいレールに乗ったときはいつもより遙かに多くの人が利用していたそうで、2両編成の車両の限界を思い知らされた気がした。各駅ごとに異なる沖縄民謡が流れてアナウンスが為されていたらしいが、電子音で奏でる三味線のせいか、それとも僕が違いのわかる男ではなかったせいかは判らないけど、どれも同じ音に聞こえてしまった。首里城は実はゆいレールから眺めるのが一番良い方法だとなんとなく思ったのであるが、それは多分僕が混雑しているところに行くのが好きではないということに起因しているのであろう。空港で適当に土産を買い、帰りはB767-300で関空へ。沖縄にいた間、関西は凄まじい雨に見舞われていたようで、厚く垂れ込める雲の中に突入しながら飛行機は関空に降り立つ。そのあとはリムジンバスでなんばまで行き、地下鉄と阪急で帰宅する。久しぶりに島を堪能できた旅行であった。ちなみに今回の旅行で立ち寄った島は、沖縄本島、瀬底島、伊江島、藪地島、平安座島、浜比嘉島、宮城島、井計島、奥武島、瀬長島である。戻る↑

伊江島の宿の向かいにある店は何でも取り扱っているということを売り文句にしていた。実際、店を訊ねたところ、コンビニ並みの品揃えに加えて、島民の欲望を全てかなえるためであろうが、レンタルビデオまでやっていたのがすごい。そんな伊江島を本日は思う存分走ってみる。まずは城山(ぐすくやま)に登り、伊江島を隅から隅まで展望する。1周22kmの島はこの小高い山で一望でき、素晴らしい景色が広がる。そのあと補助飛行場を走り回ったりまだまだ夏の日差しの照りつける海岸を歩いたりするが、島なのに真っ平らであるためなぜか北海道にいるような錯覚を覚えたりする。しかし、島のあちこちに境界標が立っており、アメリカ軍の基地が島のかなりの部分を占めていることを実感させられる。さとうきびが風に吹かれてざわわざわわと音を立てている中で、妙にアメリカっぽい三叉路にある行き先案内表示が全てアメリカ軍のために掲げられているこの風景はそれを象徴しているような気がしてならないのであるが。あるものがかなりの割合を占めていることを揶揄するネタとして「琵琶湖はでかい、滋賀県よりもでかい」という言い方をするが、沖縄は「基地が沖縄よりもでかい」といいたくなりそうな、そんな気がしてしまった。昼過ぎにフェリーに乗って本島へと戻る。このフェリーであるが、バックで乗船してファーストイン・ラストアウトという珍しいものであった。それよりも驚いたのは、フェリーの予約は各船乗り場にある乗船予定者のリストに係のおっちゃんが書き込むことでしかなしえないため、それぞれの船着き場に電話をして予約をしなければならないということであったが。本島に戻り海中道路を目指す。海中道路はどうも大きすぎて全景を捉えることが難しく、当初抱いていたイメージとは違って随分と大味なものであった。その後那覇祭りでにぎわう那覇に突入し、沖縄在住の国道MLの友人と国際通りに飲みに出かけて、山羊とかゴーヤチャンプルとかテビチとかうますぎる泡盛を堪能する。べろべろに酔っぱらってホテルに戻り正体無く眠りこける。戻る↑

旅行という話になると、例えどんなに朝が早くても苦にはならないから不思議である。自宅から阪急地下鉄と乗り継ぎ、もっとも遅い関西空港直通列車ラピートγ(正式名称は空港急行)に乗って関西空港に到着。本日は友人のバースデー早割で一路沖縄に出かけるのである。満席ということで昼からの便に乗り換えてもいい人は申し出ろというアナウンスがあったので2万円欲しさに申し出るが、そこまでして乗りたいという客はいなかったようで大人しく搭乗する。満席の原因は機材がスーパードルフィンであることに起因すると思うが、余り細かいことは考えない。狭い機内で、気流が不安定なので力一杯揺れるという個人的飛行機の醍醐味を味わいながら那覇空港に着陸する。沖縄に来たのはほぼ1年ぶりであるが、本島を踏んだのは生まれて初めてである。空港の到着口には「めんそーれ」と言い寄る民族衣装のおばちゃんが待ち構えているが、やたらと「○○様」と書かれた厚紙を掲げる人が多いのでやはり東南アジアなのだなあと言う訳の判らない感慨に耽る。どうも那覇空港は千歳に匹敵するレンタカー屋の密集地帯であるようで、ひとかたまりになってレンタカー屋へと護送される。護送車内ではこれでもかという位にステレオタイプの沖縄民謡が流れ、不自然なまでの自然な沖縄の洗礼を浴びる。
レンタカー屋で車を借りて出発したとたんに大雨が降り出し、この先が思いやられるのであるが、とりあえずは沖縄らしい飯を食おうということになってA&Wでハンバーガーとルートビアを頼む。初体験のルートビアはコーラとドクターペパーを足して2で割ったあとでカコナールと養命酒をぶち込んだような味わいがする不思議な飲み物であり、キンキンに冷えたジョッキに入れた状態でジャンクフードと一緒に食べて初めてまともに飲める代物である。慣れるとおかわりをする強者もいるらしいが、それは遠慮しておくのが吉というものであろう。しかし、「おかわり自由」なのに、ジョッキのサイズが選べるという不思議なサービスをしていたりする。普段なら必要以上にはしゃいでしまうであろう恩納村の伊武部ビーチもそれほどインパクトを感じなかったのは楽しいものが盛りだくさんすぎておなかが一杯だったのかも知れない。ブセナテラスの奥に鎮座する万国津梁館に立ち寄ろうとしたが、本日は会議と言うことで見学ができず非常に残念であった。残波岬で灯台のチケットを無事消費し、その絶景を眺め、駐車場で営業をやっているBlue Sealの紅芋アイスを堪能したりする。そのあと瀬底島に立ち寄り島を満喫したあと本部港からフェリーで伊江島へ渡る。伊江島は城山(ぐすくやま)が突出している以外はきわめて平坦な島であり、それがゆえに米軍の演習場にかなりのスペースを割かれているという島である。湧出(わじー)という外海に面したところはさすがに切り立った崖になっており、多少波しぶきなんぞを受け取ってしまう。しかし、そこにあった東屋で三味線の稽古をしているおねえちゃんもいたりするのがおもしろい。本日は伊江島の民宿で没する。戻る↑
東京都知事である石原慎太郎氏は発言は過激であるが何もしない人であり、小説家として、「言うだけ番長」として名を馳せていることは周知の事実である。そんな石原氏であるが、知事はともかく虚構の世界を演出するという場合は「言うだけ番長」はきわめて有能な小説家の資質である。そんな石原氏の小説である『僕は結婚しない』を読んだのであるが、人生のモラトリアムに訣別をしていない人が僕を含めて今の日本には多い事を突きつけられた気がするのであるが、一番モラトリアムを楽しんでいるのは当の石原氏本人であることは想像に難くない。主人公を通して主張する石原氏の考え方自体には共感できるが、村上春樹小説の登場人物の如く意志薄弱にして必要以上に女性にモテて性戯に堪能している主人公に現実味のなさを感じるのは僕だけではあるまい。夜、車のディーラがやってきて、ついに契約書に判を押してしまった。もうこれで後には引けなくなってしまった。但し問題なのは、僕が印鑑証明や実印を持っていないことである。この辺の書類を作るために役所に平日昼間に出かける必要があり、そのために会社を休む必要があるというのはある意味大きな買い物をしているのだから当然のことなのかも。ちなみに買う車はMT車で2WDと4WDを切り替えることが可能な車種である。多分珍しい注文なんだろうな。戻る↑
地名と人名は表裏一体のものである。古くよりその土地にいる豪族は、その土地の名前を自分たちの姓としているが、これは人名が地名になったのか、それとも地名が人名になったのか定かではない。ということで、マヨネーズの語源は「人名」でもあるし「地名」でもあるような気がするのであるが、みのもんたの決断で地名となったのである。しかし穿った見方をするわけではないが、損害賠償の請求額がもらえるはずだった賞金(750万円)からもらった賞金(100万円)を引いたきっかり650万円というところも変にきちんとしているところあたりからも、どうもこの裁判はあらかじめ仕組まれたものであって、今後文句を言ってくる奴が来たとしてもこの前例で追い払えるという作戦を立ててみたのではないかと思われる。今回のように説が二つあるとはいえ、地名説が圧倒的に強い場合に勝ち目のない裁判をして、「説が二つに分かれているときも、テレビ局があらかじめ決めておいた答えを正解として差し支えない」というお墨付きをもらったような気がする。今後諸説入り乱れている場合でも、テレビ局側の独断と偏見で正解としたものに対する妥当性はこの判決で得られたことになるのであろう。深読みのしすぎという指摘はネタがなかったからだという開き直りで対抗しておきたいところだ。戻る↑

日本の街道、鉄道の旅と来て、またもや健全な読者をどっかに行きたくさせる週刊誌が登場した。この不景気な時代に国内旅行に行かせようとするとは、きっと内需拡大の思慮遠謀がそうさせているのであろうと勝手な想像を膨らませるが、同じアホなら踊らにゃ損損とばかりに購入する。とりあえずは創刊号と第2号は特別定価なので買ってやるかというふうに思っていたのであるが、気がついたら30巻の定期購読を申し込んでいた。とりあえず本日は創刊号に同封されていた登別カルルスの温泉のもとを入れてまったりと風呂につかる。最近冷え込んできたのでこういうのは有難い。ちなみに創刊号と第2号で紹介されている温泉はいずれも行ったことが無く、一度は行きたいと持っていたところなので実は何気にむらむらして買ったのは事実である。これでまた、出版社の思う壷にはまっていくのであろうが、コレクターとしてコンプリートを目指すのは当然の成り行きである。戻る↑
朝から溜まっていた日記の更新なんかをする。ベットで寝そべって枕元のパソコンをいじるせいで首が痛いが、もうこの体勢には慣れたので今更止められない。そういえば長崎の国道MLのメンバーが函館まで路面電車関係のイベントで出かけており、その帰り道に新大阪に立ち寄るという事なので迎撃に出かける。阪急を南方で降り、10年ぶりに西中島界隈をうろつく。新幹線の車内販売で地球を3周ばかりしたことや、当時から距離ということをいささかの障壁とも思っていなかったことや、「シンデレラ・エキスプレス」というJR東海のCMでは結局柳の下の泥鰌は深津絵里と牧瀬里穂だけだったとか、このCMがはじまったときに鳴り物入りでデビューした100系は今や存亡の危機にあり、細かいことを言えばデビューしたときのX編成なぞこの世から当の昔に抹殺されたのだいうことなどを思い出す。久しぶりに徒歩で辿り着いた新大阪は昔と変わらぬ佇まいで迎えてくれたが、城東貨物線を潜らないと駅にたどり着けないというところに必要以上に感じるわびしさは昔のままであり、大阪城築城400年を記念し、来る21世紀への希望を祈念して20個積んだ石の横に一つ石が置かれており、21世紀になったら上に積むんだよという昔の戯れ言などを思い出すが、やはり21世紀となった本日もホームレスのおっちゃんがモニュメントの周りをうろうろしており、石は積まれてはいなかった。ラッチ内のスタバで溜まっていたANAがスポンサーである無料コーヒー引換券を消費しつつ待ち合わせをし、駅構内の飲み屋で送迎の飲み会をしてレールスターで帰り行くメンバーをお見送りする。本日は早々と撤収して帰宅。戻る↑
朝からディーラーが来て、納車された。先週の日記でそろそろ契約しようかなと書いていたくせに今週納車かよ、という不思議な話もあるが、本日納車されたのは親の車である。9月中は毎週出かけていたのでディーラに出向くこともできずほったらかしにしていたのだが、その間に親は着々と交渉をし、自分たちの車だけをさっさと決めて契約したというわけである。納車が済んで、じゃ初ドライブと洒落込むかと言うことになり出かける。ドライバーが僕であるということに何か納得がいかないものはあるが、まずは寝屋川の成田山不動尊に交通安全祈願に出かけるというところからはじまるのが何気にすごい。海千山千である坊主軍団の怪しげな祈祷を済ませて不動明王の後ろ盾ができたので、性能試験に出かける。本日は紅葉にはちと早いが山道ではどんな感じで走ってくれるのかということで箕面に出かける。箕面に秋にドライブに行った記憶はあるが、なぜか滝を見た記憶がない。そのドライブのことは思い出したくないことなので記憶から上手に消し去られているのかも知れない。箕面の滝の上流すぐのところにダムがあるので、水量は一定に調節されているのではないかという気もするが、やはり滝は良いものでマイナスイオンの摂取に努める。箕面といえばニホンザルという定番的発想があるのだが、最近は自然に帰す運動が起こっており、サルどもは自販機でのジュースの買い方を忘れていくのかも知れない。帰りは茨木から京都南まで性能試験と称して高速を利用する。親の車は申し分ない運転ができるということは判ったが、親は車を選ぶ際に試乗はおろか実物も見ていないというのだからすごいものだ。車のカタログ販売を地で行ってるため、助手席に座りながら「あれが前の車と違う」「内装のここが気にいらん」と文句がでる。大きい買い物だからもう少し慎重にしてもいいのではないかと思うのであるが。戻る↑
日本の航空会社は囲い込み運動に躍起になっており、空気を運ぶくらいなら料金を半額にして客を乗せようという風になっているようである。外食産業が150円引きの牛丼を提供してみたところ、値引きをしている期間だけ客が満杯になり店内が殺伐となったことは記憶に新しいが、これは需要を喚起しているものではなく、単純にバーゲンをやっているだけである。一方、航空会社の場合は「飛行機が安いから、飛行機でそこまで行って観光しようか」という新たな需要の掘り起こしに成功しているようで、比較的閑散としている時期を狙ってキャンペーンが執り行われ、その時期は飛行機が満杯となっているのである。その時期だけ増発しても需要はあると思うのだが、それはあからさま過ぎるし、本末転倒なことだから自重しているのかも知れない。しかしながら、このキャンペーンの搭乗券の予約を受け付けるのが午前9時30分からというのは、ネットが異常に混雑するのを避けるためだと思うが、下手をすると仕事そっちのけで会社から予約を入れてるような狼藉を働くものもきっといるはずである。ぶつくさ文句を述べてはいるが、その理由は至って簡単で、帰宅して予約を取ろうとしても希望の便がすでに満席だったからである。戻る↑