2002年11月

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    今月の日記タイトル一覧(クリックするとその日の日記へ飛びます)

  • 11月30日)「道後温泉またもや」
  • 11月29日(金)「秘密の秘密の秘密」
  • 11月28日(木)「体重落とせばもっと若返るよ」
  • 11月27日(水)「思えば濃い人だったと呟く」
  • 11月26日(火)「日記は何のために書くものか」
  • 11月25日(月)「初めての病欠」
  • 11月24日)「羽田空港での過激な15分」
  • 11月23日)「弁当にまつわるいろんな思い出」
  • 11月22日(金)「24時間空港なのに」
  • 11月21日(木)「メーリングリストの栄枯盛衰」
  • 11月20日(水)「ちゅらさんには戻れない」
  • 11月19日(火)「中途半端なやつがつまらんことをする」
  • 11月18日(月)「竹富町という広い行政区域」
  • 11月17日)「カヌーとマングローブ」
  • 11月16日)「沖縄初上陸、でも石垣島」
  • 11月15日(金)「研究室の同窓会の様相」
  • 11月14日(木)「宿が取れない危険性」
  • 11月13日(水)「画一的リクルートスーツ」
  • 11月12日(火)「季節はずれの黄砂」
  • 11月11日(月)「神農さんの笹がもらえる業界」
  • 11月10日)「富山村と地蔵峠」
  • 11月9日)「小川路峠の楽しい踏破」
  • 11月8日(金)「講習会と講演会と山登り」
  • 11月7日(木)「荷物がすぐに増えてしまう罠」
  • 11月6日(水)「ヘッドスライディングのくだらない議論」
  • 11月5日(火)「継続は力なり?」
  • 11月4日(月)「鳥取砂丘は厳しい自然」
  • 11月3日)「湯村温泉の観光資源」
  • 11月2日)「タカラヅカを満喫」
  • 11月1日(金)「モンベルとユニクロのコラボ」


  • 今月の日記
    11月30日)「道後温泉またもや」
    本日より会社の友人と道後温泉にでかける。冷静に考えてみれば、この日記を書き始めてから、今回ですでに3回目である道後温泉。ということは1年半で3回だから半年に一回は行ってる計算になる。ということは人生でこれまで60回ぐらい行ったのか?ということになりそうだが、残念ながらまだ3回しか行ったことがない。3回とも道後温泉本館に行ったことはさておき、まあ、そんなものだろう。さて、朝京都駅に集合し、レンタカーを借りて出発となるが、「誰か一人ぐらいは遅刻するだろう」という計算のもと、割と厳しい時間を指定したのに全員間に合ってるというのがすごい。名神、中国道、山陽道とすべてが快適に流れ、岡山空港で一人増えて一路尾道へ。尾道の朱華園でラーメン食って市役所の横からでている日本一短いフェリー航路で向島へ渡り、そのあとはしまなみ海道を今治まで。道中「蜜柑つめ放題100円」といういかにも瀬戸内&愛媛という情緒漂う店や、尾崎豊のペイントが施されたワンボックスとかを見ながら松山に到着。到着時刻は5時とこれまた計算し尽くされているプランぶりに、集合時刻を守ったらこんなにうまくいくのかとある意味感動する。そのあと買い出しに出かけ、晩飯食って宿の風呂に入り宴会開始。ちなみにこの旅行の趣旨は「乗り放題10000円切符が取れなかったので仕方ないからどっか温泉にでも行くか、でも日本海側はカニが食いたくないのに必要以上にカニが出てきてもっと必要以上に宿が高いからいけないし道後温泉にでもしておくか」である。戻る↑
    11月29日(金)「秘密の秘密の秘密」
    よんどころなき事情で、いきなり仕事が大量に舞い込む。他人が溜めていた仕事を暇そうにしていたので請け負わされたというかたちになるのだが、致し方ない。チームとして仕事あげるんだからそんな細かいことはどうでもいい。前振りはその辺にして、「秘密」を早くも読了してしまった。巻末に広末のコメントが載っていたのだが、きわめて当たり障りがなく無難である。ぶち切れていた頃の激しい文章というのを永遠にとどめておく必要がある気がするが、やはり女優として生きていく上でそういう汚点は残したくないのかもしれん。それともぶち切れ具合では藤谷美和子とか戸川純には勝てそうもないからやめたのかその辺は微妙。ちなみに先日日記をアップしようとしたら、デスクトップの方に残っていた古いファイルをアップしてしまい、5日分ぐらいが消えてしまった。ノートの方はよんどころなき事情で消していたので、アップできずえらく困った。まさか自分が見に行った自分のページのキャッシュを使って自分のページを復活させるとはねえ。自分でページを見ると、自作自演でカウンターが増えるので極力行かないようにしているのだが、そういうのってやっぱり変なんだろうか?戻る↑
    11月28日(木)「体重落とせばもっと若返るよ」
    先月末の健康診断の結果が返ってきた。少し太り気味らしい。それをクリアすれば他はいたって健康であるらしい。しかし、健康年齢というわかったようなわからないような指標を作るのはやめてもらいたいものだ。ちなみに週二日休肝日にすれば健康年齢は若返るらしいが、そこまでして若返ろうとは思わない。しかし、ATOKも「休肝日」を登録してあったとは驚きである。昼からこの前参加しなかった集会のビデオを見せられる。昼飯食ったあとから終業時刻までぶっ通しで見せられたので、適宜睡眠とか休憩とか、仕事とかができたようで有効な過ごし方であった。戻る↑
    11月27日(水)「思えば濃い人だったと呟く」
    最近、本を乱読しているような気がする。「夢顔さんによろしく」はとっくの昔に読み終えたし、なぜか3冊並列して読むというかなり無茶な読み方をしている。さらに本日東野圭吾の「秘密」を買ってしまった。いまさら「秘密」かよ、と思う向きもあるが、映画は見ていないので妙な先入観はない。ちなみにエンディングは、知らない。原作と映画で違うエンディングになるのかも、知らない。旦那が小林薫で娘が広末涼子なのは、あんだけ宣伝されたからには頭に残っていようものだが、母親役は記憶にない。まあ、これぐらいフラットな状況であればまともに読み進めるであろうものである。そういえば、遠い昔、といっても4年ぐらい前であろうか、フィギアスケート専門のスポーツジャーナリストを目指していたが端から見たら単にミッシェル・クヮン萌えな女性がこの映画をして「広末ファンならたまらん映画。サービスショット満載」というおよそ女性らしからぬ切り口でこの映画を語っていたことを思い出す。まあ、本性はオヤジだったからなあ。そういうよけいなフィルターを通して話を聞いてるから、もしかしたら「そんな映画じゃねえよ」と言われるかも知れないけど、その辺はまあ勘弁願いたい。戻る↑
    11月26日(火)「日記は何のために書くものか」
    日記をコンテンツにしている人が多いのは、「無理をしないで毎日更新」が可能だからではないかと思う。ものぐさな僕がそう思っているから他の人もそう思っているに違いないと思いこむほど中華思想とジャイアニズムに毒されているわけではないが、「毎日よく続きますね」と妙に尊敬されるのもなんか間違っているように思われる。ちなみにこんなに長く毎日日記を書いていると「100の質問」にあるように北海道と高知以外は最後にいつ踏んだかがわかるようになってしまっているのだが、これは日記を長く書いているのか、それとも日本中をうろつき回りすぎているのかどっちが原因なのかわからない。しかし、日記をコンテンツにしている人で「日記の反響が少ないです」と愚痴をこぼすというのは基本的に間違いである。自分の私生活をさらけ出して、それに興味を持てと強制するのは大いに問題があることである。と、本日はネタがないのでこれまた一人ごちてみた。戻る↑
    11月25日(月)「初めての病欠」
    このところ毎週出かけていたので休む間がなく疲れが溜まっていたようである。徐々に体が風邪気味になっていってるのをひしひしと感じていたので、今日は会社を休むことにする。いくらでも寝ることができるのは、やはり疲れが溜まっていたのであろう。夕方疲れも取れ全快したので部屋の片づけをして、先週買ったプリンタをようやく据え置く。ページの来場者が3000人を越えたのでそろそろなんかコンテンツを増やそうかということで「100の質問」というコンテンツを増やしてみた。知り合いのページにあったのでそれをたどっていったら結構おもしろい質問が多かったので使ってみようと思った次第。100問答えてみて、我ながらネタがつまらんと思ってしまう。もっと味わい深い答えができなければだめだと思いやはり日々の努力の必要性を痛感する。戻る↑
    11月24日)「羽田空港での過激な15分」
    朝起きて適当な時間になったので飛行機で帰宅するために羽田空港へ。予定では搭乗券発券は出発の30分前にすませて、適当にまったりして乗り込み、伊丹までひとっ飛びという計算であったが、搭乗券発券マシーンの上にある電光掲示板は乗ろうとしている飛行機の情報を流していない。訝しがりながらもマシンにカードを差し込むと「お客様の搭乗券はこちらでは発券しかねます。カウンターへどぞ」と案内が出されたのでカウンターの兄ちゃんにその旨を伝えてみれば、なんかえらく顔が強張りだした。どうも30分間違え遅れて空港に到着したらしい。内規で「飛行機のドアが閉まる前にカウンターにお越しになられたので、追加運賃は不要で他の便に振り替えます」ということで裏に引きこもってしまう。そのあといきなり「関空行きにご案内いたします」と足早に走り出す。手にはチケットとクレジットカードが握りしめられているのでどうやら10分後にでる関空行きの席が空いていたのだろう。こっちが両手に荷物を抱えているのにも構わず、全速力でビッグバードを縦横無尽に駆け回る。ムービングウォーク上で足を止め、その横を駆け抜ける僕を見つめるギャラリーの視線にも構わずひたすら急ぐ。走りながらも兄ちゃんは「お客様、走りながらで失礼とは思いますが、時間がありませんでしたのでマイレージの受付が済んでおりません。関空に着かれた後に手続きをお済ませくださいませ」とこちらにてきぱきと用件を伝える。とりあえず無事飛行機に乗れたようで、あてがわれた席は足が伸ばせる窓際の席である。747であればCAと向かい合わせになるという超特等席とマニア垂涎の的となろうものだが、なにぶん767なのでCAは順方向に座っているので楽しみは半減である。関空に降り立ちマイレージの手続きを済ませ、その半券を愛の分け前に応募し南海に乗って帰る。しかしあとになって考えれば「関空やだ、伊丹がいい」っていう我が儘って通ったのかなという疑問が。とまあ、ここまで書いてみて、つくづく自分は危機感を持って行動していなかったなあと振り返る。まあいいか。戻る↑
    11月23日)「弁当にまつわるいろんな思い出」
    本日は勤労感謝の日である。勤労する人に感謝しなければいけない日であるというのに土曜出勤である。おまけに土曜日と祝日が重なってしまい、本来であれば3連休にできようものを連休で食い止められているとはちっとも勤労が感謝されていない。何はともあれ板橋区の蓮沼にある某社の事業所に出かけ、そこで学会活動が開始する。空調よし、明るさよし、睡眠不足よし、適度に満腹、すべてが眠りへと誘っているようである。昼はカラオケ屋を経営するキューバ人がいる野球チームの幕の内弁当で「お口に合わないかも知れませんが」と謙遜して主催者はのたまっているが、謙遜ではなく、かなりたまらんものを食わされてしまったと思う。東京の人間はこんなまずいものを平気で食えるのかとある意味尊敬する。昔新幹線の車内販売で「松風」とかいう一箱1000円の弁当を売っていたときに「おいしい」と言われて喜ばれたことがフラッシュバックする。夕方解放され、三田線から大江戸線、浅草線と乗り継いで京成に乗る。蔵前での乗り換えっていうのがえらくしんどかったことをのぞけば、割とスムーズであった。戻る↑
    11月22日(金)「24時間空港なのに」
    夕刻より出張に出かける。出張といっても学会参加なので割と気が楽である。しかしながら関空までは妙に遠い。夜9時を過ぎた空港から飛び立つというのはなんか夜逃げをしているようできまりが悪いが、土産物屋や飯屋が24時間空港のくせにことごとく閉まってしまうのはどう考えても納得がいかない。おかげで腹ぺこのまま羽田に到着。羽田に着いたら、これまた夜10時過ぎというのに、こちらは人だかりの嵐で京急も結構混んでいる。東京っていうのはいつでも人がいるところだとえらく納得した次第。戻る↑
    11月21日(木)「メーリングリストの栄枯盛衰」
    メーリングリストにはいろいろと入っているが、これほど栄枯盛衰が明らかになるものも少ないなあと思ってしまう。毎日のように山ほど来るものあれば、このところ3年ぐらい流れないというすさまじいものまで様々である。とりあえず意味不明な書き込みをする人が増えてきたというのは全体的にいえるようで、それだけインターネットを利用しやすくなってきたということもできるが、使いこなすだけのスキルがまるでないのに環境がそれを許しているようなことが往々にしてあるような気がする。掲示板の書き込みとかメールとか、かたちで残ってしまうものはあとで読み返すとかなり凄まじいことを書いてしまったりするものだが、喧嘩を売っているように受け取れる文面とか、自分がいかに優秀であるかをアピールしている文面はかなりいただけない。最近そういうことに出くわしてばかりで今ひとつ楽しくないのだが、とぶつぶつ考えていたらページのカウンターが3000を超えていた。ちなみに3000取った人は誰かというのはわかってるんだけどね。戻る↑
    11月20日(水)「ちゅらさんには戻れない」
    そろそろ忘年会の準備をしなければならなくなってきたようである。会社で最低3回忘年会をするというなんだかよくわからないことになったので、その3つがバッティングしないように、更にいえば個人的なのも含めるといくらあるのか想像もつかないぐらいの飲み会をやりくりしなければいけないようで、今月は旅行に明け暮れたと思ったら、来月は飲みに明け暮れるのかと今から肝臓が痛むわけもなく、今日も快調にお酒が進む。西表で買ってきたクースーはまだ封を切っていない。その前に飲むべき酒が山積みなのだ。会社の借り上げ寮で泥棒が流行っているらしく、同期で借り上げ寮に入ってる全員が引っ越したいと言い出したそうで庶務の方はてんやわんやだそうである。冷静に考えると、中には来年の2月に異動が決まっているやつもいたりするのだが、そんなことはいってられないといったところか。今日は「天才柳沢教授の生活」を見る。相変わらず筋書きがないドラマであるが、出演者のキャラが必要以上に立っているから成り立つ作品である。しかし西表や石垣にあった色褪せた「ちゅらさん」のポスターで笑ってる写真と、柳沢世津子役の今とでは別人のように見えるんだが、その辺はどうなの国仲涼子?戻る↑
    11月19日(火)「中途半端なやつがつまらんことをする」
    会社に行くと、なんだかよくわからないけど社内コンペでもあったようで、発表会が繰り広げられている。一番いけてる発表をしたやつには結構な賞金がもらえるとあって、仕事そっちのけで仕事の成果を発表するらしい。ただし、一番問題なのは発表の内容の善し悪しは実際にそのプロジェクトの質が良いか悪いかではなくて、プロジェクトとして立ち上がったかどうかであるというところが妙に俗物っぽい。ちなみに発表して賞をもらうと昇進が早くなるそうで、課長代理が発表したがらないのは管理職になって残業がつかなくなるのがいやだかららしい。きわめてごもっともな話ではある。帰り道本屋で「夢顔さんによろしく」の下巻を購入する。見境なく買うペースは相変わらずである。上巻を読み終わってからしばらくは他の本を読んでいたのだが、話がつながらなくてしばらくは苦労する。そういえば、会社の出張の時に貯まっていたマイルで無料航空券を利用してちゃっかり交通費をもらおうとしたけど精算伝票に貼り付けた航空機の半券に「無料」と書いてあったのだからからくりがばれてしまったという詰めの甘いやつのおかげでなんか切符は会社から支給という寒いシステムに変わるんだそうな。戻る↑
    11月18日(月)「竹富町という広い行政区域」
    本日は帰宅する日なので、朝早くから準備する。宿の目の前にある港から船が出る予定だったのだが、あいにくの強風で船がでないということで島の反対側の港まで船会社のバスで送ってもらう。島の反対側にある大原は島では一番の集落で、竹富町役場が移転候補地にあがっているらしい。個人的には現在の船便の運行状況を考えれば、現状の石垣島に間借りするという設定の方がみんなが喜ぶことになると思うが。確かに、この辺は離島ならではの大いに頭を悩ませる問題で、三島村と十島村はいずれも鹿児島市に役場があるのはこれまた同じ理由である。そんなことはさておき、港について降り立てば、島の反対側も波はいつもより高いようで、船は揺れながら石垣を目指す。石垣の公設市場でで土産を買ったり竹富町役場を見学したりしてバスに乗り空港を目指す。空港では、ANAのキャンペーンでもれなくもらえるおみやげを手に入れ、沖縄で飲む最後のオリオン生ビールを満喫。つまみがこないうちに搭乗時刻となりあきらめて飛行機に乗り込みあとは気がつけば関空。関空でまったりとだべり、JRで大阪へ。なぜか沖縄から帰った日に帰り道にプリンタを買うという訳のわからない行動をしたので、沖縄帰りという感慨が薄まりながら帰宅。充実した良い週末だった。戻る↑
    11月17日)「カヌーとマングローブ」
    本日は朝よりヒナイ川でカヌーに乗ることになる。船浦の湾口から漕ぎ出したのだが、最初は方向転換ができずなんか同じ所をぐるぐる回って時間をつぶしてしまう。ようやく慣れて川を上っていくと両岸はマングローブの林が広がる。ちなみにマングローブは汽水域の水辺に生える常緑樹の総称であって固有の種の名前ではないそうな。わかりやすくいうと「雑木林」ということらしい。カヌーで適当に川を上り、歩いてピナイサーラの滝に到着。昨日の雨で水量がいつもよりも多めであるらしく、かなりダイナミックな感じで流れ落ちている。昼に宿に戻り、レンタカーを借りて西表を走りまくる。月ヶ浜で地元のじいさんに観光客は絶対知らないというとっておきの景色をを紹介してもらい、そこがそのじいさんの日常の昼寝の場所というのはよけいな情報だが、そちらに向かう。景色は確かに絶景で、午前中晴れていたりすると最高らしいのもうなずける話である。そのあと星砂海岸の近所で牛汁食って精をつけ、星砂海岸で星砂を見て楽しむが、強風なので早々と切り上げ由布島に向かう。水牛車に乗ってまったりと浅瀬を渡るのが筋らしいが、徒歩で渡りきる。満ち潮の時はどうするんだろうかという素朴な疑問がわき上がるが、気にしないことにする。ちなみに水牛車は片道400円で島の入園料は500円である。片道だけ水牛車に乗ればお得と思うかも知れないが、入園料と水牛車は抱き合わせ販売であるから、乗ってみる気力が失せようものである。その後宿に戻って飯食って飲んで寝る。妙にカヌーが楽しかったので、もう一度やりたいと思ってしまった。戻る↑
    11月16日)「沖縄初上陸、でも石垣島」
    朝早く起きて関空に向かう。伊丹とか成田とか羽田とかは「空港」を省略するのになぜ関西空港はこういう略し方をするんだろう?それはさておき「空港急行」というなんか発音しづらい電車に乗って到着。いつものようにぎりぎりに到着し、呼び出しを食らうぐらいまで乗らないという余裕をこいた戦略を立てていたのだが、機材の準備が手間取ったと言うことでその野望はもろくも崩れ去り、なんだかごく普通に搭乗完了。機内はなんかがらがらで発券の時に窓際が完売といっていたくせに妙に空きがあるが、8列目から14列目は座ってはいかんらしい。しかしまあ、出発(戸が閉まったとき)の後で窓際に席を移動し、外の景色を拝むがあいにくの曇りで下界が見えないので興味半減。客が少ないこともあって暇そうにしていたCAのおねえさんと真ん中の列だけ空席にしている理由などいろいろと話をして長いフライトをやり過ごす。斯くして昼前に石垣島に到着し、めでたく生涯初の沖縄県上陸となる。沖縄に上陸するのに本島以外というきわめてマニアな方法をとるところが随分とひねくれているところであるが、当初は台湾から与那国島に入ろうと考えていたぐらいだから随分と真っ当ではある。そういえば愛媛県の初上陸地点が弓削島であったような気もするがまあいいか。石垣ではレンタカーで走り回り、最北端の平久保崎で強風に煽られながら丸い水平線を鑑賞し、地球の丸さを実感する。夕方友人と離島桟橋で合流し、西表の上原へと向かうが、あいにくの北風で欠航し、大原行きの船で西表へ。大原からは船会社の送迎バスで上原へ。あいにくの天気だが、仲間川の河口に広がるマングローブ林はすごいの一言であった。旅館についてまったり飯を食っていたら、沖縄知事選挙だったらしく投票箱を持って選挙管理委員のおっさんがやってきた。宿の前の集会所で投票があったらしい。投票っていうのは日曜日じゃないのかと思っていたが、どうやら竹富町は離島が分散して存在するので繰り上げ投票をするらしい。とりあえず今晩は泡盛飲んで寝る。戻る↑
    11月15日(金)「研究室の同窓会の様相」
    本日は目標定時ダッシュだったのだが、なんやかんやでなかなか終わらない。ようやく7時頃に仕事が終わり待ち合わせ場所に急ぐが、JRが何でかよくわからないがのろのろ運転をしている。新快速や特急が走る外側の線は遅れがほとんどないのに、普通や快速の走る内側の線はやたらと遅れている。そのせいでただでさえ待ち合わせに遅れていたというのにそれに輪をかけるようでえらいことであった。原因はあとで聞いてみたところ長岡京で電車で急病人が発生し緊急停車したのが原因らしい。ということは特急が臨時停車ということなんであるが、それにしてはなぜ内側が遅れる?と謎は深まる。大学の研究室のメンバーと久しぶりに顔を会わせて飲み会というのは楽しいもので、いろいろと話に花が咲く。その後帰宅するときにこれまた中学高校の同級生とばったり出くわす。こういう遭遇ってなんかかぶることが多いんだが、それって自分限定なのか?戻る↑
    11月14日(木)「宿が取れない危険性」
    朝から会社で使っている液晶ディスプレイの交換で業者がやってくる。どうやら納入した液晶ディスプレイに黒い線が出るという不良品があるということで全部交換となったようである。液晶は消耗品なので新品に変わったとたん妙に明るくて驚いていたりする。週末の宿を取らなければならないのだが、どうも祭りがあるらしく宿が取りにくいという話である。かなり覚悟して電話をしてみたら一軒目であっけなく予約完了。まあ、そういうものだろう。他人のページや掲示板での書き込みを見て「そんなん俺でもわかってることや」とつっこみを入れたくなることがあるのだが、そういう場合は実際に衆目に晒す文面をきちんと書いている分だけ書いた方がえらいのであって、つっこみを入れるのはおよそ遅れを取っているんである。しかし、自分の見方が正しいというのだけは勘弁願いたいし、立場が違えば見るべきものも違うと言うこともわかってもらいたいんだが。戻る↑
    11月13日(水)「画一的リクルートスーツ」
    会社に見慣れない若者の大群が押し寄せてきた。どうやら会社説明会らしい。スーツを着たら制服がブレザーの高校生と間違えそうになるとか、全員揃って同じようなリクルートスーツ着ているとか、とりあえず髪の毛は暫定的に黒に戻しましたとか、やはり若者にスーツを着させてもしっくりこない。スーツを着ない仕事場なのでにあわなさ加減がよけいに感じ取れるのかも知れない。とりあえず会社のページを見て無謀な妄想をして駆けつけたのか、滑り止めでうけておこうと思ったのかは定かではないが、よりによってうちに来るなんて、という感慨はたぶんどの会社にいても同じなんだろうけどね。それにしても、なんで女性用のリクルートスーツはあんなに不細工に見えるのだろう?昼飯を食い終わって部署に戻るところで保険のおばちゃんに声をかけられた。保険のおばちゃんというのは押しが強く、おしなべて太っているのはどうしてであろう?ちなみに保険は入ってはりますか?という質問にはすらすらすいすいと入っているわけもないのに嘘がつけるというのはいいことなんだか。戻る↑
    11月12日(火)「季節はずれの黄砂」
    よく考えたら全然表紙を更新していないことに気がついた。11月になってから一度も変えていないのである。ということでさっさと変えてみることにする。昼間、めずらしく黄砂のせいで空が煙っていた。春先のイベントだと思っていたので、まさかねえとおもったがどうやらそうであるようだ。ボーナスについての会社からの回答がでたらしく、組合からビラをもらう。夏のボーナスの時期は新入社員なのでなんか気休め程度の一時しのぎなお金がもらえただけだったが、今回はかなりきっちりもらえる、ただし全額ではないとあってそれなりにしか興味も沸きようがない。今日は久しぶりにプロジェクトXを見る。金閣の再建の話であるが、「金閣寺」っていうのは間違いだと思うが思いっきりNHKで連呼していたのは許されることなんだろうか?最後の取材協力ではきちんと「鹿苑寺金閣」と出ていたんだけどなあ。戻る↑
    11月11日(月)「神農さんの笹がもらえる業界」
    足はそんなに痛くない。普段から別に鍛えているわけでもないし、会社でもデスクワークばかりだからなぜ痛くならないのか不思議である。きっと普段の通勤が登山だからだと悪態をついておくことにでもするか。会社で神農さんの笹を頂いてかえる。さすがはこの業界だと感動する。そういえば本社に行ったときに近くに神社があったのを思い出す。しかしえべっさんの笹と違い、今の時期誰も他に持ち歩いてる人がいないので結構恥ずかしい。しかし、コンビニでやたらと売られているポッキーとプリッツの詰め合わせセットはなんかおなかいっぱいな気分にさせてしまう何かがあるので、ちといけてないとポッキーの日に一人ごちてみる。戻る↑
    11月10日)「富山村と地蔵峠」
    この秋一番の冷え込みの中、外は氷点下なのだが寝袋の中は暖かい。朝飯をすませて一路地蔵峠に向かう。その前に富山村に行ったり大嵐駅に行ったりしてめいめい欲望を満たし、平岡駅で集合して鹿刺しと猪肉を頂く。かなり良い気分になっていざ峠へ。峠からの下りでそれも距離が短かったので昨日よりは感動も少ないものであったが、やはり歩ききるのは良いものだ。そのあと新蕎麦を食べて飯田で「ヘルシー温泉」なるものに入り、一路帰宅。途中紅葉の名所がライトアップされていたので、そのせいで道が混んでいたりしたのだがそれにもめげず帰宅。たぶん明日あたりには足に身が入ってどうしようもないんだろうね。戻る↑
    11月9日)「小川路峠の楽しい踏破」
    朝起きたら、天気は今ひとつである。とりあえず上村側の登り口まで車で移動するが、なんか雪がちらちらしてきた。かなりやる気が萎えてきたのだが、とりあえず車を半分置いて飯田側の末端へ出かける。飯田側に着くと伊那山脈を挟んでえらく快晴である。ということでいざ出発となる。紅葉はばっちりで、おまけに昨日の雪が残っているので、これまたものすごく絶景である。雪と紅葉を同時に満喫できるなどと言うものは狙ってもできるものではないから、決断してみてよかったなあとえらく感動する。しかしまあ昨日の雪が残っていると言うこともあってとにかく寒い。昼飯を峠で食べるが、お湯が沸かなくて難渋する。しかしようやく沸いたお湯で食うカップラーメンは美味。氷点下の峠で食べると、うまさも一入である。その後は雪を踏みしめながら下山。下山はやはり消化試合の様相が高いようであまり印象にないし、林道工事のせいで登山道がとぎれていたりして結構げんなりした。そのあと飯田市内で風呂に入り、飯食って下條村の道の駅でテントを張って宴会。戻る↑
    11月8日(金)「講習会と講演会と山登り」
    今日は久しぶりに国家試験の講習会に出かける。講習会はいつもにも増して眠い。「10秒で寝れたら100万円」なんていうチャレンジがあったら500万円ぐらいは簡単に稼げそうな勢いである。昼に天王寺まで荷物を置きに出かけ、講習会の昼の部は遅刻して登場。夕方より生まれて初めて本社に出かけ、偉い先生のありがたい話を聞く。話が終わったので速攻で本社を立ち去り、友人と合流していざ上村へ。その前になぜか友人宅で風呂に入り飯まで食ってしまう。名神が通行止めなので名阪国道は必要以上にトラックが多く、今ひとつ流れはよろしくない。上村に着いたらみぞれ混じりの雨だった。さて明日の小川路峠越えはどうなるんだろうかと思う一方でビール飲んで寝る。戻る↑
    11月7日(木)「荷物がすぐに増えてしまう罠」
    ぐっすり寝たせいで体調は無事復活。明日からの山行きに備えて先週モンベルまで買いに行ったレインダンサーがようやく届く。そんなこんなで仕事から帰宅して準備を始める。山の荷物をとにかく詰め込もうとしたら、すぐに限界が来てしまった。仕方がないので涙をのんで、道活サンダルとスーツ鞄と普段履きの靴と上着は入れるのをやめる。やはり登山靴が一番かさばるのは予定通り。明日は出張なので、スーツで行かないといけない事を考えたらかなり限界臭い。やはり荷物はあらかじめ友人宅に送っておくべきだったかと思うが、それだとレインダンサーが送れないから困ったものだ。とりあえず、鞄に詰め込めるだけ詰め込んで荷造りは完了。戻る↑
    11月6日(水)「ヘッドスライディングのくだらない議論」
    今ひとつ体調が優れない。昼休みに阪神ファンだけど松井と桑田は応援しているという話をしていたら、なんかそれについて激しいつっこみがあり、久しぶりに野球の話で盛り上がる。そんでもって「ヘッドスライディングは走り抜けるより速いのか?」という話題で盛り上がり、結論としては「2塁と3塁はスライディングの方が効率的だけど、1塁は間違いなく走り抜けた方が速い」ということになり、1塁にヘッドスライディングするのは気分の問題であると言う風に簡単に片づけられてしまう。本日は体調が思わしくないので定時で帰宅。一寝入りして体調が落ち着いたので「天才柳沢教授の生活」を見る。その後割りと早めに就寝。今週末に向けて体調を整えなければならないのだ。戻る↑
    11月5日(火)「継続は力なり?」
    連休明けなので今ひとつ仕事に身が入らない。朝からミーティングで仕事の進捗状況を聞かれる。順調に進んでいるのだけど、なんだか不安な進展がありそうでこのところ辛い日々が続く。そういえば昨日まで温泉に行って来たというのに、「次は城崎が良い」とか「いや、湯布院や」とか早くも次の予定をたてねばならぬようである。全日空のサイトがエラーを出していたようで、本日中に決済しなければならないチケットがあったのであせるが、何とか決済はできたようだ。そういえば毎日日記を書いていることを妙に褒められてしまった。今更辞めれなくなっているというのが実情なのだが。戻る↑
    11月4日(月)「鳥取砂丘は厳しい自然」
    朝より公衆浴場「薬師湯」でまったりと過ごす。城崎の外湯と似たような作りで、温泉場の外湯っていうのはそういうものなのかとちょっと納得。「荒湯」という源泉があり、その横で生卵を売っている。ちなみに源泉の温度は98度であるらしく、ゆで卵をセルフで作ってみないか、と言うことである。ゆで卵を作っている、つまり源泉近くに卵を浸けている間は暇なので川縁に作られた足湯でまったりと過ごす。ゆであがった卵を食べて満足し、鳥取砂丘へと向かう。本日は昨日にも増して「海は荒海日本海」であったので、砂山しかなくて吹きっ晒しの砂丘では霰と雹と砂が猛烈な勢いでこちらに襲いかかる。普段ならこざかしくも小銭を稼ぐべくスタンバイしてるラクダも、本日は開店休業と見切って出てくることもない。口の中まで砂まみれになって鳥取を後にし、佐用まで一般国道373号で、そこからは中国道で帰宅。峠を越えたとたんに快晴になったので、やはり冬の日本海側は恐ろしいと感服した一日であった。戻る↑
    11月3日)「湯村温泉の観光資源」
    朝より天橋立に出かける。途中道の駅和(なごみ)で休憩し、黒豆アイスなんぞを食してみる。なかなかの味である。昼に天橋立に到着し、とりあえず歩いてみる。冬型の気圧配置のさなかに日本海側の海岸をのったりのったり歩くというのは、ある意味恐ろしいことであると実感する。「弁当忘れても傘忘れるな」といわれるだけあって、一日に何回も時雨れる。そのあと湯村温泉まで行き、まったりと宿泊。お湯が無味無臭ということでなんかふつーの風呂に入ってるような気がしてしようがないが、紛れもなく温泉、らしい。どうも湯村温泉は「夢千代日記」を観光資源としてがんばっているようで、なんかそれは野麦峠の「あゝ野麦峠」と同じような姿勢が伺えてなんだかつまらないのだが、「全日本かくれんぼ選手権」などどいうイベントもやっているというのは評価の対象である。戻る↑
    11月2日)「タカラヅカを満喫」
    本日は朝から宝塚に向かう。十三から宝塚まで電車に乗るのは随分と久しぶりで、下手すると15年ぐらい乗っていないかも知れない。以前の車窓の記憶と本日見た車窓の風景はまるで違っていた。駅前再開発とやらでどこもかしこも小じゃれた個性のないものに成り下がっていたのはつまらんというか、存在価値の低下と言うべきか。宝塚の駅も随分とゴージャスになっていたのだが、宝塚大劇場あっての宝塚、という基本的なコンセプトは守られているようで、宝塚大劇場に配慮した風致地区のような扱いがあるのか、それとも阪急グループが一丸となって大劇場を守ろうとしているのか定かではないが、良い感じに再開発が進んでいた。やればできるんだから、他の駅前もそういう努力をしてもらいたいものだけど、守らなければいけないその駅の個性っていうのが見えにくいから、画一的な開発になってしまうのは仕方ないのかも知れない。本日は会社のレクリエーションの一環で宝塚歌劇の鑑賞となった。なかなか自発的に買うのは恥ずかしいし、でも一度ぐらいは見てみたいし、チケット取るのは大変そうだし、というふうに尻込みしてしまう条件がそろっているのでこういう時にでも観なければいつ観れるかわかったものではない、と言う理由だったのだが、予想以上におもしろかった。詳しい話は別の所にでも書くことにしよう。しかし女性客が95%以上という構成はなんかすごいし、中休みのトイレの行列はすさまじかった。男性用トイレはがらがらだったのにねえ。谷村新司のコンサートも男女比はかなり似通ってるけど、宝塚の観客は男性用トイレに用を足しにこないというのはさすがと言うべきか。観劇後、実はチケットを見せれば入園が無料になると言うことで、来年3月に閉園となる宝塚ファミリーランドへ20年ぶりぐらいに行くことになる。急流すべりでずぶぬれになり、それなりに満喫して帰宅。戻る↑
    11月1日(金)「モンベルとユニクロのコラボ」
    珍しく朝から雨が降っている。そのせいで朝暗いことも手伝ってか、起きるのが辛い。夕方はベルが鳴ると早々に帰宅の途に着く。しかしまっすぐには帰らず、久しぶりにモンベルへ出かける。本日の収穫は山用の折りたたみ座布団。本来ならばレインダンサーでも買うかと思ったのだが、あいにく品切れ。しかしモンベルの隣にユニクロがあるというこの立地条件は実はなにげにありがたい。帰り道、怪しげな画廊の前で絵はがきを配っているおねえちゃんがいたが、この絵はがきを受け取ったが最後、中に引き込まれ、百戦錬磨のおばちゃんがあの手この手で話しているうちに気がついたらウン万円もする絵を買わされているという店である。それにしても、ダシに使っている絵はがきが、みんなから無視されているのか知らないが無惨に縁がかすれていたり折れ曲がっていたりするのは、最初の段階で撒くエサの質が悪いと引っかかるやつも引っかからないんじゃないだろうかとよけいな心配をしてしまう。帰宅してパソコンをデスクトップとノートの両方を立ち上げたらいきなりノートンアンチウィルスが定期起動しはじめた。二台そろって定期起動というのはなんか不気味であるが、世の中一般では金曜日の夜8時というのは仕事も終わりパソコンをつけっぱなしで帰るというシチュエーションなのねと妙に納得。月初めと言うことで卓上カレンダーを更新し、壁紙も11月バージョンに変えたのだけど、来年の卓上カレンダーを確か注文したはずなのにまだ届かない。1週間ぐらいで届きますと行っておきながら早3週間。なかなか欲しい物ってすぐにはこないものだ。戻る↑